代表者紹介

鶴本 永美子(Emiko Tsurumoto)

昭和48年 12月7日 生まれ
新潟県三条市出身
女子栄養大学 実践栄養学卒業

平成14年 管理栄養士免許取得
平成16年 社会保険労務士試験合格
平成23年 宅地建物取引主任者試験合格
平成28年 鶴本社労士事務所設立

簿記2級、MOUS、アロマティーセラピー、中型免許、囲碁3級

目標、目的

 人生にプラスαを!

座右の銘、座右の書

 為せば成る
 継続は力なり

メッセージ

幼少期は活発・負けず嫌いな性格で、小学校から中学校への進学時に引っ越しがあり、新しい交友関係が広がる中で、初めましての人に自分から声をかけることが出来るようになったのはその時の経験から来ているのかもしれません。

天体に興味があったので地学部のある高校へ進学。天体観測や登山をしたり、貝の化石発掘をする中で悠久の時の流れを感じ、その時間の中でほんの一部でしかない自分の人生を見つめる時期を過ごす。

何ができるのか?
何をしていくのか?

そんな短い人生、生きていくことに意味なんてあるのか?
何のために生きているのか?

中学校時くらいからそんなことをよく考えていました。
でも、考えてみたところで生きているのも事実、死んだらそこで終わり。
だったら、やりたいこと、気になったことはやっていけばいい。

ボランティア活動をしたり囲碁を始めたりしましたが、これがまた意外と楽しく、ボランティアでは、老人ホームに行って演劇のようなことをしたり、地域センターで子供たちと遊んだり、手話で話そうという会に参加したり、車いすの人たちと花見をしたり。
囲碁は女性が少ない時代の中でしたので、初戦に勝って全国大会へ進出いたしました。3級でしたので結果は初戦敗退。観光して帰りましたが、全国大会の張りつめたピンとした空気、熱意、気合を肌で感じさせてもらい、とてもいい経験になりました。

進路で悩んでいる時、食・美への関心から、女子栄養大学へ進学。
新聞奨学生として過ごしながら栄養学を学ぶ。そこでは単に栄養の知識だけでなく、食品の流通、心の栄養、心理学、世界の食材、料理の知識などさまざまな視点・観点での学ぶことが出来ました。

卒業後は卒業研究で情報処理研究室にいたこともあり、卒業生名簿の管理のアルバイトを始めました。Accessを使って業務をする中、それがきっかけで、クリーク・アンド・リバー社へのアルバイトが始まり、そこから正社員に。

5年以上在籍した会社は、人材サービス業のクリーク・アンド・リバー社、フルキャストの2つ。そこではAccessの知識がとても役に立ちました。MOUS(マイクロソフトオフィススペシャリスト)はフルキャストへ入社する前に取得。

それぞれの会社で在籍中に上場するという会社の局面に立ち会いました。
ベンチャー企業が事業を拡大していくのを肌で感じる経験。

子供のころからやりたかったこと。
・様々な人に出会いたい。
・様々な職に触れたい。
・様々な土地に行きたい。

2つ目まではこの2つの会社でかなり実現したように思います。

派遣事業の中、さまざまな仕事と社員・派遣社員の狭間。
たまに現場での体験もしてこいと言われてベルトコンベアから流れてくる製品のチェックをしたりなど、一般的な事務員ではやらないようなこともしました。

その中で派遣社員の方々に給与、特に社会保険の説明をする機会に恵まれ、その経験を形にしようと社会保険労務士試験に挑戦。

1年目は週に1度、学校に行くときにしか勉強せず不合格。
当時の先生の教え方、独自の教材に惹かれ、そのまま同じ先生の授業を継続受講。
今度はどんなに終電で帰ってきても、机の上に突っ伏してしまっても、帰ったら机に向かうという習慣を身に着けました。
2年目に合格。

もらえるものはもらう主義。

・失業給付
・教育訓練給付金
・学生や失業中の年金納付免除
など、しっかり活用。

その中で簿記2級も勉強させてもらい無事合格。

フルキャストに在籍中、同居人が宅建の勉強を始めたこともあり、教材を見せてもらいながら少し勉強しその年の試験を受けたところ1点差で落ちました。
悔しくて、翌年からはLECへ通い、そこで良い先生に巡り合え、良いサプリのおかげもあり、激務の中でもしっかり勉強に立ち向かえ、その年の試験で合格。

「為せば成る」自分の座右の銘といえばこれ。
やってみようと思ったことはやってみる。

そして「継続は力なり」
うまくいかないことだって工夫をほどこしながら継続していけば何かしら形になる。
自分の思い描いてた通りとは違うことが多くても、やってよかった。
そんなことをずっと経験してきました。

一方、忙しい業界の中で「うつ」になってしまう人と接することも多く、管理栄養士としてはまったく実務をしてこなかった自分。

37歳になる年。高校同窓会に行った場で、医師から栄養学を取り入れることの推進活動をしている同級生に再会する。
彼女に薦められた「うつは食生活が原因だった」という本。
その本を読んだとき、まわりのうつになっていった人たちに「栄養」という側面からできることがあったんではないかと衝撃を受けました。

「管理栄養士」という資格はとったものの、自分自身も朝、会社にいって、終電で家に帰るという生活を送っていました。
毎日のように肩こり、偏頭痛、ひどいときは戻してしまう。目が光を感じすぎて、世界が真っ白になってしまったりもしました。1時間もしないうちに治りましたが、さすがに周りが心配して病院へ。結局、偏頭痛の症状という診断でした。

毎週末に行くエステか鍼灸マッサージでの全身へのご褒美が楽しみの中、仕事自体を楽しんでしまう性格なので、負担には感じていなかったですが、身体はあきらかに悲鳴をあげておりました。

そして、周りには「うつ」という現実。

何かできることがないか。
忙しくて、食事に気を使うことさえ難しい現実。
下手すると朝まで仕事をしてしまう。

あるサプリに出会う。20種類以上の完全無農薬野菜を乾燥させ、粉末にしたものを固めただけのサプリ。
試験管の中でつくるようなビタミン剤とかではない。
豆からまったく形の違う「豆腐」をつくるように。野菜からまったく形の違う「飲み込める粒」を作った。その製法に納得。

20代ではサプリへの考え方は否定的でした。栄養は食事から摂るべきだと思っていました。
10年近くたって、様々な人に出会い、様々な経験と、知識の蓄積。巷の野菜たちの栄養価は激減し、食事だけで十分な栄養を摂っていくには難しい時代。

栄養はバランスが命。そして、安全性への配慮。
手間と安全性、コストパフォーマンス。全体のバランス。

そんな中でできること。

フルキャストでの仕事もある程度引き継ぎ、新しい道へと進むべく模索を始めました。
給与計算の時期や、社会保険関係の手続きをしてほしいという知り合いの会社にアルバイトで在籍し、手続きを進めたりもしました。保険会社のセールスレディもやってみました。

でも、、自分がいいと思えるものでないと進められない性格。
もっといいものがあるのにな、と思うほどなかなか動き出せません。

ここでは人生のあらゆる側面で

生き続けることにも
病気になることにも
けがをすることにも
死ぬことにも

備えは必要だということを再認識できたことが収穫でした。

そして、本当にいいと思わないと人にお勧めできないものなのだなと再認識したこと。

健康であり続け、周りに迷惑をかけず、楽しい仲間と楽しいと思えることやり続けること。
それには予防医学である栄養は欠かせないこと。そして、それにかかる経費くらいは捻出できるようにならなければいけないこと。

それは今の活動にも繋がっています。

永美子という名前。
昔は「永遠に美しい子」だなんてはばったいと思っていた名前。

自分のことだけを考えたらそうでしたが今の活動と見合わせて。
縁ある人たちへ「永遠の美を届けられる子」でありたいと思うようになりました。

見た目も大事ですが、内面から。

栄養は身体と心。

心の豊かさは身体にもいい影響を与えます。
両面から美しさはにじみ出ます。

そんなお手伝いをしたい。

何ができる?
永遠の課題。